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仔猫 [家族]

怖れ知らぬキトゥンブルーの虹彩は空を見渡す 我がふところで

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たまには他愛ないうたを上げてみたくなったので……。

kitten blue=子猫の青。
仔猫のときだけ虹彩が青く、大人になるにつれ本来の色に変化していく種類の猫がいます。

写真は、ほんとに利かん気のラグドール・バルくん。
夫がつけた「バルサザール」の略称が泣きます。

ところで、キトゥンブルーとは詠んだものの、この子、大人になっても虹彩は青いらしい……。


猫の言い訳 [家族]

にゃごにゃごと言い訳をする猫を見つつ叱りしことをかすかに悔いる

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猫を複数飼っています。
全部種類が違うので性格もさまざま、
賢いのからそうでもないのまでいろいろいます。

とりわけ賢い1匹で、叱られると必ず言い訳をするのがいます。

たぶん人間のことばにすれば、

「だってね、あのね、
これはワタシが悪いんじゃなくてね、
○○ちゃんが先に手を出すから、
ついお膳のまわりをどたばた走っちゃったの」

とか言っているんでしょうね。

本当はそこで甘い顔をしてはいけないのですが、
あまりにおもしろくて、つい可哀想になってしまい、
叱るのをやめてしまうのです。

下地があると思いたい…… [家族]

父祖父も詩を嗜めば我が今歌詠み初むも理なるか

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父方はもともと教師の多い家系ですが、
歌を詠み始めてふと思い出したのは、
父は現代詩、祖父は漢詩を趣味で書いていたことです。

あとで聞いたところ、祖父はたまに短歌も詠んでいたとのこと。

私が歌をはじめたときはふたりともすでに他界していましたし、
それぞれに専門が違ったために直接教わったということはないのですが、
幼い頃から身近に文学があったのはたしかです。

ただ、全員ヒラメキ型というよりは努力型で……。
「詩的飛躍」といわれるような、斬新な発想は望めそうにありません。

詠うこと、感じること [家族]

世を他人(ひと)を評し揶揄(やゆ)するひとと吾(あ)は渡れぬ河の両岸にいる

人それぞれ感じ方や嗜好が異なるのはあたりまえなのですが、
家人は歌について全く興味がなく、
「それがどうした」的な実際家です。

興味がないというよりは
単なる暇つぶしとしか捉えられないようです。

冒頭の歌はあるお歌をもとにしてつくったものです。
そのお歌には「憎む」というかなり強い表現が使われていました。

私自身には「憎む」という気持ちはなく、
感性の通じ合わない部分はそれとして
不干渉のまま互いに認めていくしかないのだろうと。

逆に感性が近かったり、歌について一家言あったりしたら
返って詠みにくいかもしれませんし。