題詠マラソン2003(題詠百首) [題詠マラソン2003]
2003-001:月
きさらぎはムーチービーサめぐりきて思(も)ふ月桃の花のももいろ
2003-002:輪
うす寒き小部屋に色をさすやうにハイビスカスの一輪ひらく
2003-003:さよなら
やはらかきリズム小じやれたささやきにさよならを言ふパリはたそがれ
2003-004:木曜
木曜はやまひに伏すとうつせみのひとよをうたふ七曜歌あり
2003-005:音
乱れたる足音ふたつ窓の外(と)にゆくを聞きつつ夜は更けにけり
2003-006:脱ぐ
履きつけぬパンプスを脱ぐ玄関に解き放たるるひと日の労苦
2003-007:ふと
はや十とせ夙になげかふとつくにのいかに蔑(なみ)せむ「歴史戦」はも
2003-008:足りる
衣食住ひとまづ足りる吾のさまを責めともおもふコトブキの冬
2003-009:休み
いつしんに八の字を描くみつばちはひととき花の辺に休みをり
2003-010:浮く
にはたづみ川の面に浮くゆりかもめこよひの宿のいづくにありや
2003-011:イオン
忌まはしきまでにあかるし道の端はコロナの冬のダンデライオン
2003-012:突破
ゆくりなき限界突破ともみえてながの軌跡にものをこそおもへ
2003-013:愛
たはやかな手練手管にいろどられあなたの愛はしづかにくるふ
2003-014:段ボ-ル
片寄せし段ボールらは持ち去られうつくしきかな五輪の夏は
2003-015:葉
散りかかる春の病葉ふたつみつ芽吹きの土に死の影のさす
2003-016:紅
紅玉の酸味なつかし飴いろのアップルパイの一切れを買ふ
2003-017:雲
はやあしに道を急ぎぬ鈍いろのかみなり雲に追ひかけられて
2003-018:泣く
ラジオから琵琶の音ながれむせび泣く鬼火の群れはかなしかりけり
2003-019:蒟蒻
流れくるタイムラインに「咲きました」見上げるやうな蒟蒻の花
2003-020:害
大仏のほほに雨だれあしのねのうしくの加害を見させたまはむ
2003-021:窓
貸しビルのなべての窓に灯の入らず夜目にもしるき「入居者募集」
2003-022:素
うじやじやける世の常あまた数うるになほも流るる「この素晴らしき世界」
2003-023:詩
一篇の交響詩もてゆくりなく大草原に連れ去られたり
2003-024:きらきら
ゆふづつは道のむかふにあどけなき「きらきら星」の歌ごえ聞こゆ
2003-025:匿う
あかつきの逃亡者らはふところにちひさき星をひとつ匿ふ
2003-026:妻
立ち枯れの木々に囲まれ切妻の役場も畑も白地(しろぢ)にありぬ
2003-027:忘れる
「ひらがなも忘れました」と言ふひとがはた繰りかへすヘイトスピーチ
2003-028:三回
三回の記憶たがへば数日を閉ざされてゐる私室のとびら
2003-029:森
やんばるの森に散らばる弾はみな小鳥となりて罪をかたらな
2003-030:表
裏表紙の値段シールはあへなくもたらひ回しの身分をかたる
2003-031:猫
くしやくしやと誤字ぬりつぶし黒猫の耳とひげとを加へてみたり
2003-032:星
看板の明かり消えればたかだかと天にかたぶく北斗七星
2003-033:中ぐらい
食事中ぐらいよせばと眺めゐるとなりの卓の家族のスマホ
2003-034:誘惑
夕闇にダチュラのかをりゆくりなき風は魔王の誘惑に似て
2003-035:駅
この駅でうつつの朝にかへる吾を置き去りにして列車はゆきぬ
2003-036:遺伝
暴力と口の減らざる遺伝子の乗りものとして我が身はあるか
2003-037:とんかつ
「店長のおごりで」といふ心意気とんかつ店の無料食堂
2003-038:明日
冬桜ささやきにけり「けふできることを明日にのばしてはならぬ」
2003-039:贅肉
贅肉に知恵まはりかねたまかつまアベノマスクを持て余しけり
2003-040:走る
いつさんに走る羊の仔のまとふしみひとつなき光まばゆし
2003-041:場
工場の夜景のあたりぬばたまの闇いや増せる差別の歴史
2003-042:クセ
名を言はぬ人の多かるコトブキに北や南のアクセントあり
2003-043:鍋
災厄の鍋吹きこぼれ地上には飢えたるひとの焚き火につどふ
2003-044:殺す
音たてぬやうにあくびをかみ殺す電話のさきに続くルフラン
2003-045:がらんどう
雲ひとつなき青空のがらんだう「ただいつさいは過ぎてゆきます」
2003-046:南
黒南風にはこび去られし疫病の世紀の愛はふたたびめぐる
2003-047:沿う
ゆりのきの並木に沿うて歩むとき見えざる花のひとつ降りくる
2003-048:死
流れくるツイートあるを無事と思ふタイムラインに死と隣るひと
2003-049:嫌い
「嫌ひなら出てゆけ」といふ人あれど住みなれし地を憎むあらめや
2003-050:南瓜
進めるも戻るもならず半切りの南瓜にとまる包丁の刃は
2003-051:敵
「親愛なる敵さま」といふ書き出しに遠まわりしたおもひの帰結
2003-052:冷蔵庫
いのちなき卵をかかへぬばたまの夜の冷蔵庫しづかにひかる
2003-053:サナトリウム
ねぬなはのサナトリウムにしろたへの魔ものの棲まふ『聖クララ村』
2003-054:麦茶
水出しの麦茶のえがく階調はあしたと昼のつぎめをとかす
2003-055:置く
波戸の辺に働きつづけ節くれた手は焼酎のグラスを置きぬ
2003-056:野
やくしほの焼け野原にはあらねども打ち壊さるるハマの歴史は
2003-057:蛇
地元出ともてはやされし宰相の蛇のまなこはいづくを見やる
2003-058:たぶん
たぶんもう会ふことのなき人としてネットのうちに名前はありぬ
2003-059:夢
夏あらしひまはりを吹き倒すあさ夢より覚めぬひとを斬るゆめ
2003-060:奪う
惜しみなく与ふることは奪ふこと縊(わな)きしひとは葉かげに顕ちぬ
2003-061:祈る
死を祈る民衆の群れ「ホザンナ」と「十字架につけよ」はコインの表裏
2003-062:渡世
おほぶねの渡世の術はみがかれず石おほき道の果ては近しも
2003-063:海女
手まねきは海女のなかまと見ゆれども貝紫のしるしあらざり
2003-064:ド-ナツ
ぬばたまのドーナツ盤をゆつくりと針のあがれば話のをはり
2003-065:光
たゆみなく動く十指に紡がるるエレクトリック・ギター「月光」第三楽章
2003-066:僕
下僕ともはた執事とも猫さまにかしづくひとのゆるみつぱなし
2003-067:化粧
重きものかかへてくだる化粧坂あふぎがやつのみどり目に染む
2003-068:似る
投げやりな夜のこころは腐されてぼとりと落ちる椿にも似る
2003-069:コイン
とりどりのお菜をあまた詰め込んでワンコインなるランチうれしき
2003-070:玄関
拾ひきし松かさあまた籠に盛り玄関さきのしつらへとなす
2003-071:待つ
チャペックの『白い病』を読みかへしすずろに待ちぬそののちの春
2003-072:席
乗るときはみなパス券の老い人が席ゆずりあふ真昼間のバス
2003-073:資
強ひらるる共助もここにきはまつて物資をつのる「ほしい物リスト」
2003-074:キャラメル
いつの日の誰にもらひしキャラメルの包み紙ひとつページゆ出づる
2003-075:痒い
痒くなるやうなお世辞を聞きながしとくべつな日のリップをえらぶ
2003-076:てかてか
てかてかに髪を染めたる宰相の薄びらきなる眼のおくの嘘
2003-077:落書き
落書きにはるか遠かるにくしみのことばをきざむ冬のベンチは
2003-078:殺
丈たかきストレリチアの切つ先にゆくりなく見るはつかな殺意
2003-079:眼薬
眼薬のつめたきしづくまなぶたにいまひとときの死はひろがりぬ
2003-080:織る
おさなごを亡くせし母は夜もすがら織るしろかねの月光の布
2003-081:ノック
食卓でもの書くわれに催促はノックがはりのしはぶきひとつ
2003-082:ほろぶ
アトムもてあをき地球のほろぶときナルニアの国いづくにあらむ
2003-083:予言
八卦身の予言ひたすらめでたきを良しともおもふ春節のころ
2003-084:円
円居(まどゐ)する男のうちに母祖母のひとりも入れぬ鄙の不条理
2003-085:銀杏
銀杏のほとりと落つる音のして振り向けばいま礫のけはひ
2003-086:とらんぽりん
とらんぽりんとらんぽりんと唱へつつゆくをさな子の赤き靴はも
2003-087:朝
川ぞひに朝日のあたる家はありはしけを出づる船のまぼろし
2003-088:象
古物屋は帯留めのかげももとせをまへに斃れし象のありけり
2003-089:開く
からつぽの手を開きつつ冬枯れのいちやう並木をずんずん歩く
2003-090:ぶつかる
不条理にぶつかることを怖れつつおそれつつ生く残んのひとよ
2003-091:煙
にびいろの空を野焼きの煙たつ脱炭素化とたつきのはざま
2003-092:人形
ひととせの眠りを覚めてとことはに歳をとらざる人形さびし
2003-093:恋
紫陽花のひとふさを切る銀盤に盛られし恋のなれの果てかは
2003-094:時
危ふげな時代の針はいつしかに九十年(ここのそとせ)を巻き戻される
2003-095:満ちる
とき満ちて生まれたる子が名をもたぬかいぶつとなる二十二世紀
2003-096:石鹸
爆撃のシリアはろばろ店さきに並むアレッポの石鹸を買ふ
2003-097:支
こともなく支那蕎麦といふ祖母の逝きシナはいまでは加害のことば
2003-098:傷
身のうちの傷をかくして笑ふひとげに多からむ保毛尾田保毛男
2003-099:かさかさ
かさかさの土くれひとつ水にこねちひさき人はつくられしかも
2003-100:短歌
毎年のならひとなればどつぷりと短歌につかる二月のはじめ
きさらぎはムーチービーサめぐりきて思(も)ふ月桃の花のももいろ
2003-002:輪
うす寒き小部屋に色をさすやうにハイビスカスの一輪ひらく
2003-003:さよなら
やはらかきリズム小じやれたささやきにさよならを言ふパリはたそがれ
2003-004:木曜
木曜はやまひに伏すとうつせみのひとよをうたふ七曜歌あり
2003-005:音
乱れたる足音ふたつ窓の外(と)にゆくを聞きつつ夜は更けにけり
2003-006:脱ぐ
履きつけぬパンプスを脱ぐ玄関に解き放たるるひと日の労苦
2003-007:ふと
はや十とせ夙になげかふとつくにのいかに蔑(なみ)せむ「歴史戦」はも
2003-008:足りる
衣食住ひとまづ足りる吾のさまを責めともおもふコトブキの冬
2003-009:休み
いつしんに八の字を描くみつばちはひととき花の辺に休みをり
2003-010:浮く
にはたづみ川の面に浮くゆりかもめこよひの宿のいづくにありや
2003-011:イオン
忌まはしきまでにあかるし道の端はコロナの冬のダンデライオン
2003-012:突破
ゆくりなき限界突破ともみえてながの軌跡にものをこそおもへ
2003-013:愛
たはやかな手練手管にいろどられあなたの愛はしづかにくるふ
2003-014:段ボ-ル
片寄せし段ボールらは持ち去られうつくしきかな五輪の夏は
2003-015:葉
散りかかる春の病葉ふたつみつ芽吹きの土に死の影のさす
2003-016:紅
紅玉の酸味なつかし飴いろのアップルパイの一切れを買ふ
2003-017:雲
はやあしに道を急ぎぬ鈍いろのかみなり雲に追ひかけられて
2003-018:泣く
ラジオから琵琶の音ながれむせび泣く鬼火の群れはかなしかりけり
2003-019:蒟蒻
流れくるタイムラインに「咲きました」見上げるやうな蒟蒻の花
2003-020:害
大仏のほほに雨だれあしのねのうしくの加害を見させたまはむ
2003-021:窓
貸しビルのなべての窓に灯の入らず夜目にもしるき「入居者募集」
2003-022:素
うじやじやける世の常あまた数うるになほも流るる「この素晴らしき世界」
2003-023:詩
一篇の交響詩もてゆくりなく大草原に連れ去られたり
2003-024:きらきら
ゆふづつは道のむかふにあどけなき「きらきら星」の歌ごえ聞こゆ
2003-025:匿う
あかつきの逃亡者らはふところにちひさき星をひとつ匿ふ
2003-026:妻
立ち枯れの木々に囲まれ切妻の役場も畑も白地(しろぢ)にありぬ
2003-027:忘れる
「ひらがなも忘れました」と言ふひとがはた繰りかへすヘイトスピーチ
2003-028:三回
三回の記憶たがへば数日を閉ざされてゐる私室のとびら
2003-029:森
やんばるの森に散らばる弾はみな小鳥となりて罪をかたらな
2003-030:表
裏表紙の値段シールはあへなくもたらひ回しの身分をかたる
2003-031:猫
くしやくしやと誤字ぬりつぶし黒猫の耳とひげとを加へてみたり
2003-032:星
看板の明かり消えればたかだかと天にかたぶく北斗七星
2003-033:中ぐらい
食事中ぐらいよせばと眺めゐるとなりの卓の家族のスマホ
2003-034:誘惑
夕闇にダチュラのかをりゆくりなき風は魔王の誘惑に似て
2003-035:駅
この駅でうつつの朝にかへる吾を置き去りにして列車はゆきぬ
2003-036:遺伝
暴力と口の減らざる遺伝子の乗りものとして我が身はあるか
2003-037:とんかつ
「店長のおごりで」といふ心意気とんかつ店の無料食堂
2003-038:明日
冬桜ささやきにけり「けふできることを明日にのばしてはならぬ」
2003-039:贅肉
贅肉に知恵まはりかねたまかつまアベノマスクを持て余しけり
2003-040:走る
いつさんに走る羊の仔のまとふしみひとつなき光まばゆし
2003-041:場
工場の夜景のあたりぬばたまの闇いや増せる差別の歴史
2003-042:クセ
名を言はぬ人の多かるコトブキに北や南のアクセントあり
2003-043:鍋
災厄の鍋吹きこぼれ地上には飢えたるひとの焚き火につどふ
2003-044:殺す
音たてぬやうにあくびをかみ殺す電話のさきに続くルフラン
2003-045:がらんどう
雲ひとつなき青空のがらんだう「ただいつさいは過ぎてゆきます」
2003-046:南
黒南風にはこび去られし疫病の世紀の愛はふたたびめぐる
2003-047:沿う
ゆりのきの並木に沿うて歩むとき見えざる花のひとつ降りくる
2003-048:死
流れくるツイートあるを無事と思ふタイムラインに死と隣るひと
2003-049:嫌い
「嫌ひなら出てゆけ」といふ人あれど住みなれし地を憎むあらめや
2003-050:南瓜
進めるも戻るもならず半切りの南瓜にとまる包丁の刃は
2003-051:敵
「親愛なる敵さま」といふ書き出しに遠まわりしたおもひの帰結
2003-052:冷蔵庫
いのちなき卵をかかへぬばたまの夜の冷蔵庫しづかにひかる
2003-053:サナトリウム
ねぬなはのサナトリウムにしろたへの魔ものの棲まふ『聖クララ村』
2003-054:麦茶
水出しの麦茶のえがく階調はあしたと昼のつぎめをとかす
2003-055:置く
波戸の辺に働きつづけ節くれた手は焼酎のグラスを置きぬ
2003-056:野
やくしほの焼け野原にはあらねども打ち壊さるるハマの歴史は
2003-057:蛇
地元出ともてはやされし宰相の蛇のまなこはいづくを見やる
2003-058:たぶん
たぶんもう会ふことのなき人としてネットのうちに名前はありぬ
2003-059:夢
夏あらしひまはりを吹き倒すあさ夢より覚めぬひとを斬るゆめ
2003-060:奪う
惜しみなく与ふることは奪ふこと縊(わな)きしひとは葉かげに顕ちぬ
2003-061:祈る
死を祈る民衆の群れ「ホザンナ」と「十字架につけよ」はコインの表裏
2003-062:渡世
おほぶねの渡世の術はみがかれず石おほき道の果ては近しも
2003-063:海女
手まねきは海女のなかまと見ゆれども貝紫のしるしあらざり
2003-064:ド-ナツ
ぬばたまのドーナツ盤をゆつくりと針のあがれば話のをはり
2003-065:光
たゆみなく動く十指に紡がるるエレクトリック・ギター「月光」第三楽章
2003-066:僕
下僕ともはた執事とも猫さまにかしづくひとのゆるみつぱなし
2003-067:化粧
重きものかかへてくだる化粧坂あふぎがやつのみどり目に染む
2003-068:似る
投げやりな夜のこころは腐されてぼとりと落ちる椿にも似る
2003-069:コイン
とりどりのお菜をあまた詰め込んでワンコインなるランチうれしき
2003-070:玄関
拾ひきし松かさあまた籠に盛り玄関さきのしつらへとなす
2003-071:待つ
チャペックの『白い病』を読みかへしすずろに待ちぬそののちの春
2003-072:席
乗るときはみなパス券の老い人が席ゆずりあふ真昼間のバス
2003-073:資
強ひらるる共助もここにきはまつて物資をつのる「ほしい物リスト」
2003-074:キャラメル
いつの日の誰にもらひしキャラメルの包み紙ひとつページゆ出づる
2003-075:痒い
痒くなるやうなお世辞を聞きながしとくべつな日のリップをえらぶ
2003-076:てかてか
てかてかに髪を染めたる宰相の薄びらきなる眼のおくの嘘
2003-077:落書き
落書きにはるか遠かるにくしみのことばをきざむ冬のベンチは
2003-078:殺
丈たかきストレリチアの切つ先にゆくりなく見るはつかな殺意
2003-079:眼薬
眼薬のつめたきしづくまなぶたにいまひとときの死はひろがりぬ
2003-080:織る
おさなごを亡くせし母は夜もすがら織るしろかねの月光の布
2003-081:ノック
食卓でもの書くわれに催促はノックがはりのしはぶきひとつ
2003-082:ほろぶ
アトムもてあをき地球のほろぶときナルニアの国いづくにあらむ
2003-083:予言
八卦身の予言ひたすらめでたきを良しともおもふ春節のころ
2003-084:円
円居(まどゐ)する男のうちに母祖母のひとりも入れぬ鄙の不条理
2003-085:銀杏
銀杏のほとりと落つる音のして振り向けばいま礫のけはひ
2003-086:とらんぽりん
とらんぽりんとらんぽりんと唱へつつゆくをさな子の赤き靴はも
2003-087:朝
川ぞひに朝日のあたる家はありはしけを出づる船のまぼろし
2003-088:象
古物屋は帯留めのかげももとせをまへに斃れし象のありけり
2003-089:開く
からつぽの手を開きつつ冬枯れのいちやう並木をずんずん歩く
2003-090:ぶつかる
不条理にぶつかることを怖れつつおそれつつ生く残んのひとよ
2003-091:煙
にびいろの空を野焼きの煙たつ脱炭素化とたつきのはざま
2003-092:人形
ひととせの眠りを覚めてとことはに歳をとらざる人形さびし
2003-093:恋
紫陽花のひとふさを切る銀盤に盛られし恋のなれの果てかは
2003-094:時
危ふげな時代の針はいつしかに九十年(ここのそとせ)を巻き戻される
2003-095:満ちる
とき満ちて生まれたる子が名をもたぬかいぶつとなる二十二世紀
2003-096:石鹸
爆撃のシリアはろばろ店さきに並むアレッポの石鹸を買ふ
2003-097:支
こともなく支那蕎麦といふ祖母の逝きシナはいまでは加害のことば
2003-098:傷
身のうちの傷をかくして笑ふひとげに多からむ保毛尾田保毛男
2003-099:かさかさ
かさかさの土くれひとつ水にこねちひさき人はつくられしかも
2003-100:短歌
毎年のならひとなればどつぷりと短歌につかる二月のはじめ