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ナイル2020年10月号連載【〈短歌版〉私の本棚・35 LONESOME隼人】 [ナイル短歌工房]

 郷隼人の第一歌文集。プロフィルには「鹿児島県出身。若くして渡米。1984年、殺人事件で収監。以後、終身犯として20年米国の刑務所に服役中。独学で短歌を学び、所内より投稿を続け、96年朝日歌壇に初入選(後略)」とある。

  囚人のひとり飛び降り自殺せし
  夜に「Free as a Bird(フリー アズ ア バード)」ビートルズは唱(うた)う

 囚人の自死の歌は意外に多い。「Free as a Bird」はジョン・レノンの死後に残った三人によって完成された曲で、歌詞の含意との呼応を考えさせられる。

  一瞬に人を殺(あや)めし罪の手と
  うた詠むペンを持つ手は同じ

 「この手もて人を殺(あや)めし死囚われ同じ両手に今は花活く」(島秋人)を思わせる歌。事件の周囲を詠んだ歌は多少あるが、「殺」の字を使った歌はこの一首しかない。殺人者かつ歌人という視点で言えば、例えば坂口弘の『歌稿』に比べ、自身の犯罪に関する歌が極端に少ない印象を受ける。

  老い母が独力で書きし封筒の
  歪(ゆが)んだ英字に感極(きわ)まりぬ

 故郷で仮釈放を信じて待つ母を呼んだ歌は多い。

  報復を恐れての処置かアラブ系の
  囚徒いきなり髭(ひげ)剃(そ)り落としぬ
  イラン、イラク、トルコ人まで見かけぬ獄庭(ヤード)
  空爆開始のあの夜以来

 アメリカ同時多発テロ事件後の歌だろう。「報復」は所内でのリンチを指すと思われ、多民族国家の複雑を反映した閉鎖社会の恐怖をも感じさせる。

  無念なり手塩にかけしグッピーを
  トイレに流さるる房内検査(セルサーチ)にて

 看守によるいじめにも似た仕打ちを詠んだ歌もある。

  囚徒とは知らずじゃれつく仔猫らの
  体温ぬくし霜降(お)りし刑庭(にわ)

 猫や鳥など、動物を詠んだ歌は多い。囚人はみな生き物に優しく、いじめたりする者はいないという。孤独な生活の裏返しであろうか。

  娑婆(しやば)にては少数民族(マイノリティ)の黒人が
  多数派民族(マジョリティ)となるアメリカン刑務所(プリズン)

 黒人の犯罪率の高さが人種差別に起因する貧困問題と密接な関係があることは知られている。所内の人口比は歪んだ社会構造を反映しているといえよう。

  罪のなきホームレスらに較ぶれば囚徒らの聖夜豪華な聖夜

 著者は別の歌で、同じ朝日歌壇のホームレス歌人・公田耕一を詠んでいる。この歌も彼らを思って詠んだものだろうか。

  銃殺の刑を選びし罪人(つみびと)の処さるる朝の空は穏やか

 米国では、死刑執行の方法は本人の選択制による州が大多数だ。自己決定がほとんど許されない中での最期の選択、ある種の爽やかさと平穏が感じられる。

  真夜(まよ)独り歌詠む時間(とき)に人間と
  しての尊厳(ディグニティ)戻る独房

【書籍情報】
郷隼人『LONESOME隼人』幻冬舎、二〇〇四


LONESOME隼人 ローンサム・ハヤト

LONESOME隼人 ローンサム・ハヤト

  • 作者: 郷隼人
  • 出版社/メーカー: 幻冬舎
  • 発売日: 2014/02/20
  • メディア: Kindle版



*結社誌編集の都合上、今月は連載が2編掲載されました。

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