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劇詩「暁の寺 遍獄の巻」第16の歌「ぼかしの川」 [日本短歌協会]

(浮舟)のちの世に連理の枝と言うめれど、ふたもとの杉はもとよりひともとならず。自らを裂かれしままに、涙の川の水底に異郷ありやと潜り入れど、そに見しは浄土にあらぬ現世のつづき。橘におういつわりの楽土にありて見はるかす水脈を宇治の流れと覚ゆれど、死の泉より流れ来る冥府の真水やもしれず。行く末の空にかかりて天地を結ぶ淡き光は、煩悩を絶たざりしかば渡れぬと掟せらるる浄土への架橋なるか。色無き袖に落つる涙の絶え間なく、色深き心によしなしごとの浮かびては消え、消えては浮かび、穢れたる水面に立てる泡沫のごと。世のしがらみは川藻の手指、追いすがり我を放さず。迷える魂の行く手は知らね、そを見守れる松明のいと明けれど、楫失える浮舟の往くもならず戻るもならず、此岸と彼岸のあいだ、現世にあらざる穢土に揺蕩うて生くるのみ。補陀洛の都なるかの安らぎに通ずる祈りの出口、我が胎になく我が川のさき、裡にぞ満つる我が海にあり。
ひとを恋い惑へる果てに渡りえぬ川にぞ架けん夢の浮橋。
罪負うて限りをゆかな手を零れなおも満ち来る紺青の海。

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参考文献:
谷崎潤一郎『源氏物語』(中央公論社)
観世流謡本『浮舟』
筒井曜子『女の能の物語』(淡交社)
吉本孝明『源氏物語論』(ちくま学芸文庫)
馬場あき子『穢土の夕映え』(芸術生活社)

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