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ナイル2020年12月号連載【〈短歌版〉私の本棚・39 震災歌集】 [ナイル短歌工房]

 東日本大震災からひと月余の四月に本書は刊行された。俳人である著者が歌集を出したこと、震災当日は東京にいて帰宅難民となったものの、東北在住でないという当事者性の問題などから、さまざまな論議を呼んだ歌集である。

 なぜ俳句でなく短歌だったか。著者は「はじめに」にこう記している。
 《その夜からである。荒々しいリズムで短歌が次々と湧きあがってきたのは。私は俳人だが、なぜ俳句ではなく短歌だったのか、理由はまだよくわからない。「やむにやまれぬ思い」というしかない。》

  津波とは波かとばかり思ひしがさにあらず横ざまにたけりくるふ瀑布

 五七五十九という字余りだが、冗長な感じは全くない。むしろ言葉が圧倒的な存在感を持って押し寄せてくるようだ。

  かりそめに死者二万人などといふなかれ親あり子ありはらからあるを

 災害の規模が大きいほど、犠牲者は一括りの数字で表されがちだ。一人ひとりに名前があり家族があった。

  みちのくのとある海辺の老松は棺とすべく伐られきといふ

 震災では火葬場も被害を受け、犠牲者の多さに棺も不足した。津波を逃れた松も犠牲にせざるを得なかった状況が伺える。

  嘆き疲れ人々眠る暁に地に降り立ちてたたずむ者あり

 リアリズムから一転して不思議な歌である。「たたずむ者」は人ならぬ存在か。

  音もなく原子炉建屋爆発すインターネット動画の中に

 「廃炉完了に最長四〇年」と言われながら未だ目処も立たない大事故のはじまりである。

  日本列島あはれ余震にゆらぐたび幾千万の喪の火さゆらぐ

 余震が続く中、輪番停電の頃の歌である。

  仏弟子にまがふばかりにあなたふと炊き出しに来しスリランカの人

 在日外国人に優しい国ではないのに。

  「真意ではなかつた」などといふなかれ真意にもとづかぬ言葉などなし

 石原慎太郎の「天罰」発言に寄せて。

  みちみてる嘆きの声のその中に今生まれたる赤子の声きこゆ

 栗原貞子の『生ましめんかな』を思わせる一首である。

  瀧桜幾万のつぼみのその一つ今朝ひらきぬと吹く風のいふ
  復旧とはけなげな言葉さはあれど喪(うしな)ひしものつひに帰らず

 震災から一年、三春の瀧桜開花の報。しかし、喪ったものはあまりに大きい。

 汚染水の海洋放出案が国際的に批判される中、菅首相は所信表明演説で「安全最優先で原子力政策を進める」と述べた。福島には「白地」が拡がり、避難者の住宅支援は打ち切られつつある。政治は、私たちは震災と原発事故から何を学んだのだろうか。十年の区切りを前に、改めて考えるべき時が来ている。

【書籍情報】長谷川櫂『震災歌集』中央公論新社、二〇一一年


震災歌集

震災歌集

  • 作者: 長谷川 櫂
  • 出版社/メーカー: 中央公論新社
  • 発売日: 2020/12/06
  • メディア: 単行本




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