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震災詠十首 [時事]

地震(なゐ)ふるに開きたる戸より迷ひ出し猫戻れるをただ抱きしむる

うばたまの闇に炎のいろ寒くコンビナートの在処(ありど)に燃ゆる

重りかに静寂の息の満ちゆきてうつはに沈む大地震(なゐ)の夜

くさぐさの想ひ乗つたり灯もかそく赤き電車は闇を渉れる

うち続く夜半の余震に慣れもせで猫わが膝に寄りて離れず

沈黙はやがて祈りの刻と化すけふも応へなきweb171

平らかな留守電サービスの声聞こゆ汝が携帯はいづこに生くる

地震(なゐ)に従(つ)く題に怖ぢつつ詠みすすむ我うたびとの咎を思へり

廃港に降り来る月を慕ひてし迦具夜(かぐや)に衣を漱ぎの水を

いのちあれば春来たるべし仙人草(クレマチス)枯れ茎に芽の吹き初むる朝


この十首は「ナイル」6月号の原稿として出したものです。
添削の結果はまだ来ませんし、
掲載分としてのアップが2ヶ月先になることを思い、
今詠んだままをアップすることにしました。

結社の代表からは
「短歌は山あり谷あり、マラソンといっしょです。作り続けたものが勝つのです。たとえ10首できなくても休詠せずに頑張るように。」
というメッセージがあったそうです。

ただ、同じグループに所属する方々は私よりタフなのか
逆に「十首まで」という制限を気にするようなコメントが
続いたことは、内心非常にきつかったと敢えて言いたいと思います。

短歌朋友(うたとも)には、直接被災したかどうかにかかわらず
心理的重圧で当初は詠めないと仰った方が複数おられました。
また、他の結社に所属する方から
「現実と対峙できる重みを持った言葉を発しているか否かを
常に自問すべき」というご意見もいただきました。
私自身としては、ネットから歌の世界に入ったという経緯もあり、
結社誌に限らず、特に不特定多数の方の目に触れるネットの場では
自らの発する言葉が適切か、不快あるいはきつく
(ショックあるいは重圧に)思う人がないか、
常に自問していきたいと思います。

地震の後しばらく(今もそうですが)、
普段通りの歌を詠むことはできません。
「こんな時に歌を詠んでいていいのか」というだけでなく
直接被災したわけではないのに、何でも歌のたねにしていいのか、
直接の被災者でない自分が何を読んでも
現実に添わないのではないかといった逡巡もあり、
震災詠を詠むことにためらいもありました。

先人の辿ったみちを知るべく、
関東大震災にかかわる窪田空穂の歌や、
直近の阪神淡路大震災の歌なども読みました。

ですが、高度成長期の生まれで関東在住ということもあり
今まで大きな災害を体験していない身として、
躊躇っても紡ぎたい言葉がある場合は
詠むべきだろうという結論をあえて出しました。

3月11日、私は横浜駅近くの仕事先で地震に遭いました。
これはただごとではないと思い、早めに駅に向かったものの
電車はすでに動いておらず、乗り場へ向かうまでにバスも運行停止、
それでも徒歩で帰宅しようと決心するまでに小一時間かかりました。

運良く何度か車で通った道でもあり、何となく土地勘もあったので
地下鉄2駅分歩いたところで、迎えに来た夫と行き会い拾ってもらいました。

一首めの猫の歌は震災当日の夜遅く詠んだものです。

帰宅してみれば床にものが散乱し、風通しのために1センチほど
開けておいたベランダのサッシが30センチ以上も開いています。
猫の数を確認したところ、案の定1匹足りません。
内心なきがらを拾うつもりでマンションの周囲を探しましたが
いないので、防火壁の下を通って右往左往しているのだろうと
餌を用意して待つことにしました。
当日深夜、小一時間も名前を呼び続け、
怯えて冷え切った小さな体を抱き取ったときのことは忘れません。

また、津波で大きな被害を受けた地域に在住の
知人の安否は未だにわかりません。
昨日(25日)になって避難者名簿に同姓同名の記載が載りましたが
在住の地域ではないので、同名異人ではないかと思います。

顧客の方にも歌で接している方にもご親戚を亡くされた方があり、
心からお悔やみ申し上げます。

最後に、震災当日自分の無事を知らせる意味もあってアップした歌に
即座に無事を喜んでくださった方、
全部は公開できませんが震災と歌人のありかたについて
真摯なご意見をくださった方々に厚くお礼申し上げます。

   大震災と短歌
   敬愛する短歌朋友(といっても十年選手ですから畏敬ですね)、
   「短歌人」の坂本野原さんのブログです。

   震災から一週間。
   「うたのわ」や題詠blogで精力的に詠んでおられる三沢左右さんの記事です。

【追記】
安否の分からなかった知人は、26日深夜本人からのメールで
無事が確認できました。
ただ、ご親戚・お友達には犠牲者が出たとのこと、お悔やみ申し上げます。

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コメント 8

くまんパパ

さっそくお詠みになったんですね。
出来栄えもすばらしい。

・・・もう少し味読させていただいて、またコメントします。
by くまんパパ (2011-03-26 18:34) 

purple_aster

くまんパパさま

ありがとうございます。
十首のうち数首は折に触れて「うたのわ」で詠んだものですが、
結社誌に載せるには数首作り足さねばならず、
自然に詠めたものでなく歌としての体裁も考えながら
まとめて作る作業が精神的にけっこうきつかったです。
by purple_aster (2011-03-27 06:11) 

くまんパパ

地震発生から日も浅いのに、よくここまでお詠みになれましたね。

紫苑さんは、自分のイマージュや想念を粘り強く追及する「持久力の人」と思っていましたが、「瞬発力」(スマッシュ力)もあるんですね。
・・・ナブラチロワかシャラポワか(笑)

どの作品も類想・類型から脱しており、しかも難しくなりすぎず、色彩的な美しさも湛えたすばらしい出来ですね。
油絵の洋画を次々と見ている心地です。

猫に託した歌二首、いいですね。
世間には猫が嫌いな人も多いので大きな声では言えませんが、私も実は野良猫(外猫)を一匹飼っております。
「彼女」も、地震当日から2~3日間は、本当に怯えきっていました。

三・四首目の、暗い色調の中の、憂愁に満ちた象徴的な表現も、いつもながら本当にすごいと思う。

「web171」の新鮮な表現と次の歌の切実感もいいですね。

ラスト三首は、まさに独壇場ですね。
それぞれ、うたびとの自意識、かぐや姫幻想、再生の春のイメージなどが、真率にしてロマンティックに昇華されており、お見事です。

私も来月上旬には6月号締め切りを迎えます。
私の歌風はあらましご存知でしょうが、どうも詠めそうな気がしません。
・・・詠まないでパスかも知れないな~^^;
by くまんパパ (2011-03-27 15:06) 

purple_aster

くまんパパさま

ありがとうございます。でも賞めすぎですってww。
看破されている通り普段はきわめてこつこつ型なのですが、
今回は確かに火事場の馬鹿力的なところがありましたね。

かかりつけの獣医さんによれば猫より犬の方が地震には敏感なのだそうですが、
猫もかなり反応したことで地震のひどさが分かりますね。

家のそばにコスモ石油のGSがあるのですが、千葉のコンビナート火災で
油が来ないのか、未だに閉店したままです。

3首目の「息」と9首目の「港」は、3月15日締め切りのN短から題をお借りしました。
事前に決まっていたにもかかわらず何ともタイムリーなお題で……。

震災詠を詠むのはきついし、かといって全く関係のない自然詠や恋愛詠も「何だかなぁ」という感じだし、
この時期の作歌は本当に難しいですね。

by purple_aster (2011-03-27 17:03) 

三沢左右

記事へのありがとうございます。

精力的に詠まれていますね。
僕も、なんとかちょこちょこと歌を作っています。


うち続く夜半の余震に慣れもせで猫わが膝に寄りて離れず
平らかな留守電サービスの声聞こゆ汝が携帯はいづこに生くる

のような、身近な事柄が詠み込まれたお歌は、普段と違った印象ですが、非常にリアリティを感じさせますね。
震災が、決して誰か他人のものではなく、自分たち全てに起こることなのだという実感を持ちました。

くさぐさの想ひ乗つたり灯もかそく赤き電車は闇を渉れる

のような、イメージを喚起するテーマのお歌も、興味深く読ませていただきました。

一ヵ月後、二ヵ月後に見返したとき、どちらがより印象が強まるのか、
平時との違いをつかむ難しさを感じさせます。

いのちあれば春来たるべし仙人草(クレマチス)枯れ茎に芽の吹き初むる朝

いいお歌ですね。
こうしたお歌で締められた連作には、言葉のプラスの力が込められている気がします。
by 三沢左右 (2011-03-29 13:27) 

purple_aster

三沢左右さま

コメントありがとうございました。

珍しく身近な事柄を入れて詠んだのは、時事詠(震災詠は時事詠の一種ですね)は
身近な言葉を離れると、得てして新聞やニュースのような言葉遣いになってしまい、
特徴がなく類型的に感じられるからです。
非常時にそういうことまで考えつつ歌を詠むのも何だかなという感じですが(苦笑)。

時間が経ったときに残るのは日常に即していない方の歌だとは思いますが、
阪神淡路大震災などの大きな災害になると、歌は何年というスパンで詠まれ続けるので
(たぶん東北関東大震災も同様になるでしょう)、
1~2ヶ月という単位は直近にちかく感じられるのではないかと思います。

by purple_aster (2011-03-29 17:55) 

卯月

 初めてコメントさせて頂きます。「うたのわ」の卯月です。携帯電話からですので、改行など読みにくかったら申し訳ございません。

 私は「うたのわ」以外に短歌を投稿したことが殆ど無く、短歌を学んだことは全くありません。元々は、小説を書く人間です。
 真剣に短歌と向き合っていらっしゃる方々に混じるのがおこがましく思え、「うたのわ」外でどなたかとコミュニケーションをとったこともございません。
 そんな私は震災後、停電復旧しないうちから歌を詠み、携帯電話が使えるようになった途端に、深く考えずに「うたのわ」に投稿しています。

 紫苑さまのこのエントリを拝読し、自分はなぜ詠むのだろう、と改めて考えました。
 私は岩手内陸部在住ですが、テレビで見る限り千葉の浦安などより、当地の地震そのものの被害は軽いです。私自身は、自分を被災者とは思っていません。
 しかし「岩手在住」と名乗れば、土地勘のない方が沿岸部の被災地と混同する確率は高いでしょう。「直接被災したわけでもないのに」と言われにくい立場であることは当初より自覚があり、だからこそ深く考えずに投稿できたのだと思います。

 ネット作家のコミュニティでも、募金など以外に被災者の為に何が出来るか。小説を書く者として、作品それ自体が何かの力にならないか、という活動があるようです。
 私は、少なくとも私の小説や短歌が直接、被災者の方々の力になるとは思えません。私は今「被災者の為に」ではなく、完全に「自己満足の為に」詠んでいます。震災を詠むというより、(震災の影響下の)日常を、震災前と同様に詠んでいる感じです。自分が短歌を含む日常を失わないことで、社会が僅かでも上手く回り、間接的に被災地復興に役立つ可能性はありますが、結局私は自分の為に詠むのです。
 従来通り、気が向けば立て続けに詠むし、向かなければパタッと休むでしょうが。
 最近、震災と無関係の歌を考えていた際に「波にさらわれる」という言葉を使うのを躊躇した辺り、私にも変な自主規制が働いているようです。
 何が言いたいのか解らない長文で申し訳ございません。考える機会を下さったことに感謝致します。
 計画停電や原発の影響など、当地よりも今は関東のほうが大変な時期だと思いますが、「うたのわ」でまたお目にかかれるのを楽しみにしております。
by 卯月 (2011-03-30 01:31) 

purple_aster

卯月さま

コメントありがとうございました。

私は、足跡を残しませんでしたが卯月さんのブログに何度かおじゃましたことがあり、
卯月さんの本領が小説にあることは存じていました。
お詠みになる歌の中に童話に題材を取った二次作品があることも
そのあたりが理由だろうと存じます。
ですから、詩歌にどっぷり漬かっている人とはちょっと違うというか、
詩歌においてはマイペースな印象があり
今回コメントをくださったことを本当に嬉しく思います。

東北在住で、小さなお子さんがいらっしゃることはお歌からわかっており、
被災の被害の多寡にかかわらず、大変だろうことは想像に難くありません。
お歌を読むとすでにこちらではふんだんに出回っているものが、
そちらでは足りなかったりすることも分かります。

震災と日常詠については三沢左右さんがコメントで触れておられますが、
阪神淡路大震災を扱った詩歌を読んでも、地域や個々人によっての記録的な意味合いもあり
神戸市でも震災関連の資料リストとして保存しています。
卯月さんの一連のお歌は震災時の生活詠として、あとあと大切になってくるものであろうと考えています。
お詠みになる動機は「自分のために」で全く構わないと思います。

ニュースを見るとすでに漁業支援の募金なども始まっていますが、
年単位での支援が必要になってくると思います。
小説は生み出すのに詩歌より時間がかかる分、将来的な支援に適している
媒体かもしれません。
とはいっても、無理に震災を題材に扱う必要はないと考えます。

小説家の島田雅彦さんが「復興書店」というプロジェクトを興されたのは
すでにご存じかと思います。
賛同する作家の作品自体が復興を支援するわけではありません。

長いスパンでものを考えられるメディアは、今こそ行動を急がず熟慮してもよいと思います。

お子さんの食事の材料など、足りないものはありませんか。
私のところは役所/消防署が近いせいか輪番停電の区域に入っていませんし、
ご不便があったら遠慮なくおっしゃってください。

by purple_aster (2011-03-30 06:26) 

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