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ナイル2020年9月号連載【〈短歌版〉私の本棚・33 デカダン村山槐多】 [ナイル短歌工房]

 福島泰樹の第二二歌集。初版限定千部、一ページ一首組、村山槐多の草稿や素描、版画を複数配したぜいたくな歌集である。

 村山槐多は明治・大正時代の洋画家。作品数は多くないが、深い茜色(ガランス)を多用した情熱的・退廃的な画風は見る人の印象に残る。

 第一章「décadent」には大正デモクラシーを生きた男女、無政府主義者といった人々が描かれ、猥雑とも思える刹那的な生気を感じさせる。

  「春三月縊り残され」リンネルの背広姿に黒い花散る
  肺肝を披けばフアシズム擡頭の爆発しそうな蜂の巣である
  あられなき肉塊となり十二階下を歩まば饐えた画架(イーゼル)

 連作「神田春」は、9・11以降の紛争の影を色濃く映している。神田春という人名は、アフガン侵攻で激しい攻撃に晒された古都カンダハルと音を同じくしている。

  繚乱の春を縊れてゆくなるか錐、紐、火箸、神田春はや
  離陸寸前震えて描きし飛行機よ帝都の空を焦がし飛び行け
  壜、羅針とりとめもなき大慈悲(かなしみ)の魔の摩天楼黒時雨降れ

 第一章終盤には、第二章への連続性を感じさせる歌が配されている。

  あまた若き大正の顔 ガランスの薔薇も咲かさず散つてゆくのか
  莫逆の時は移ろい陽は昇り貴様と帰るさぶき荒屋(あばらや)

 第二章「村山槐多」は、槐多の誕生から死去(跋文では「自爆」)までが歌われている。「Ⅰ」には第一章Ⅰと重複した歌が複数あり、後の退廃的な画風や槐多の生きざまを思わせる構成となっている。

  廃園に月は昇りてありしかな あかき光妖(ひかり)を放擲(なげ)ておりしが
  悲しみの眸を上げよむね披けこの官能の赤裸主義(セキラリズム)よ
  逞しき浴女あどけなき巡査など尿(いばり)あふれて画帳を濡らす
  塊(マツス)その燃え立つ想い噴射せよ 槐多怒れば赤い消化器
  なけなしの赤を絞れば帝都いま焦げて廻れり血のラッパ吹け
  大正を生き滅びたる男らの闇を響動(とよ)もし歌が聴こえる
  そうだとも世界はあまくなやましく痺れるほどの快楽(けらく)に溢れ

 槐多は大正デモクラシーの只中、大正八年にスペイン風邪で夭折。時代はその後、大正一四年の治安維持法制定を経て、翼賛体制から戦争へ突き進んでゆく。アメリカでも9・11後国際テロ組織の脅威が声高に謳われ、アフガン紛争、イラク戦争へと発展した。民主主義とは洋の東西を問わず、守ってゆかなければかくもはかないものなのだろうか。

  ああ春は花結びして紗に透けて露わな脚となりて儚や

【書籍情報】
福島泰樹『デカダン村山槐多』鳥影社、二〇〇三年


デカダン村山槐多

デカダン村山槐多

  • 作者: 福島 泰樹
  • 出版社/メーカー: 鳥影社
  • 発売日: 2003/02/01
  • メディア: 単行本




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